最低賃金引上げについて(池田コーディネーター)

毎年、10月1日に引き上げられる最低賃金であるが、昨年は31円上昇し、栃木県は882円から913円に引きあがった。特に昨年においては、コロナの第7波の影響を受け、売り上げの大幅減少、コロナ融資の返済開始、仕入れ物価上昇、そして最低賃金が引き上げという、何重苦になるだろうという中で、経営者には対応が迫られることになった。

今回は、最低賃金制度の概要、中小企業の課題と対策、助成金を活用した設備投資について報告する。

1.最低賃金制度の概要

栃木県における最低賃金の推移は以下の通りである。

2020年においては、コロナ禍の影響により例外とすると、ここ5年間は、毎年時給単価で25円以上の上げ幅となっている。

最低賃金制度は、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度で、仮に最低賃金額より低い賃金を労使双方の合意の上で定めても、それは法律によって無効とされ、最低賃金額と同額の定めをしたものとされる。  

更に罰則も附せられており、地域別最低賃金を支払わなかったという最低賃金法違反には、50万円以下の罰金を科される。

また、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日働き方改革実現会議決定)には、年率3%程度を目途として、名目GDP成長率にも配慮しつつ引き上げ、これにより、全国加重平均が1,000円になることを目指すとされており、政策課題ともなっていることから、今後も引き上げの加速化は止まらないと予想される。

この最低賃金引き上げの目的については、最低賃金法の第1条に「この法律は、賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」と記されていて、国内労働で懸念されている過重労働の抑制、給与水準向上に伴う国内消費活動の活性につながるものとしている。

2.中小企業の課題

ただ、最低賃金が引き上げられることにより人件費が増大することが懸念され、最低賃金ギリギリで雇用している、例えば外国人技能実習生を多く雇用している事業場や、就労継続支援施設A型事業場は、人件費の大きな変化に対応しきれるのかという課題も浮かび上がり、非正規雇用労働者が多い飲食業や小売業においても、痛手となることがある。

また、今までの昇給ピッチが、31円上昇することにより、年5,000円程度昇給しなければバランスが取れないところもあり、非正規雇用と正規雇用の賃金差が縮まることや、人事考課による昇給ではなく、最低賃金に合わせた昇給となることから、労働者のモチベーション低下につながることも出てくるであろう。  更には、主婦や学生といった、いわゆる世帯主の扶養の範囲内で働くパート労働者の働き方にも影響を及ぼす。いわゆる扶養の壁だ。

パート労働者は、収入が130万円を超えると配偶者の社会保険上の扶養から外れ、自ら社会保険に加入して保険料を納付しなければならない。

自ら保険料を納付することになると、手取りが減ってしまうため、この130万円の壁を超えない働き方をすると、パート労働者の週当たりの労働日数や1日当たりの労働時間を短くせざるを得なくなることから、新たな人材確保や生産性向上につながる設備投資をせざるを得なくなる。

中小企業は採用から教育と定着までの一連の人事戦略を練りなおし、賃金制度と福利制度の再考を行わなければならないだろう。

3.中小企業の対策

まず、最低限やらなければならないことは、現状支払われる賃金が最低賃金額以上となっているかどうかの確認は以下の方法で確認する。

①時間給制の場合
 時間給≧最低賃金額(時間額)

②月給制の場合
 月給÷1箇月平均所定労働時間≧最低賃金額(時間額)

そして、最低賃金があがるということは、それに伴い企業の社会保険料負担も増えることを忘れてはいけない。そこで必要なのは、残業等の削減を含めた賃金制度の見直しとともに、退職金制度の導入である。

そもそも、社会保険料は、労働者の賃金で決まる。最低賃金が引きあがるということは、残業単価も引きあがるということであり、やみくもに残業をすると、それに伴い必要以上に社会保険料負担が増えてしまう。それを防ぐためにも、残業は事前承認制とし、残業時間中にやる業務と当該業務に係る時間を申請し、承認した上で残業をするといった、残業は業務命令があってからこそやるべきという認識付けが必要である。やみくもに残業するということは、人事評価上、段取りと準備ができていないと評価する会社もあるぐらいだ。

そして、昇給ピッチをなだらかにすると同時に、社会保険料負担には関わらない退職金制度の導入である。退職金制度の導入は、税法上のメリットもあり、例えば中退共制度の導入においては、掛金は、法人企業の場合は損金として、個人企業の場合は必要経費として、全額非課税となるメリットもある。退職金は、勤続年数に伴い退職金額が増えるため、離職者抑制にもつながるし、福利厚生の充実が図られているということで、求人の際にも優位である。

4.業務改善助成金の活用

業務改善助成金は、「経済財政運営と改革の基本方針2021」(令和3年6月18日閣議決定)及び「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」(令和3年11月19日閣議決定)に基づき、最低賃金の引き上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援を行うことを目的としている助成金である。

具体的には、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げ、生産性向上につながる設備投資(機械設備、コンサルティング導入や人材育成・教育訓練)などを行った場合に、その費用の一部を助成する。

通常コースの他に特例コースがあり、是非とも各々の要件を確認し活用していただきたい。

【業務改善助成金】
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html

5.おわりに

労働者の消費に刺激を与えるために最低賃金を上昇させることは、経済学上、理にかなっていると思われるが、それは企業側に十分な対策と準備をしておけばという前提をクリアしておかないと、労働者側も使用者側も共倒れしてしまうことも考えられる。最低賃金の引上げは、人材不足解消の引き金にもなるわけで、リスクを回避しつつ、十分に人事戦略を練ったうえでの対応が望まれる。