正しい廃業は経営戦略の一環だ!(矢口コーディネーター)

 栃木県よろず支援拠点のコーディネーターをしております矢口です。
 私が担当する相談内容の多くは、経営相談から人生相談に移行する傾向にあり、多くは高齢者の社長さんたちです。今後の人生を語り合うのであれば、ぜひ私をご指名ください。

 昨年7月に最近の廃業の動向等を踏まえ廃業について書かせていただきましたが、今回はその中でも触れていた「経営戦略の一環としての廃業」について書いています。

前回のブログはこちら 「栃木県よろず支援拠点コーディネーターに聞く 第3回 矢口 季男 コーディネーター

1.廃業も視野に入れた経営戦略の構築とは

 コロナ禍や物価高の影響による業績悪化が聞かれるようになった。特に原材料の高騰による穀物や飼料、そして燃料、電力などが高騰し、それらに関連する製品や人件費の影響は今後も続くものと思われる。こういった中で企業の今後の方向性(経営戦略)を明確にすることは以前にもまして重要となってきた。

 ある意味、経営を取り巻く環境が大きく変わろうとしていると捉える必要があるのではないのか。そうであるならば、この辺で自社の今後について吟味・検討すべき時期にあるとの警告と受け止める必要があろう。

 具体的には自社の現在のおかれている状態、過去から現在までの経緯、自社を取り巻く環境、自社の強み・特徴などの把握、そして、これらを整理して今後の経営に対する見直しや方向性の構築である。

 一方、経営環境の変化によって業績悪化が続き、さらにゼロゼロ融資などの返済が迫り、資金繰り悪化に直面している企業も少なくない。当然、改善計画書や資金繰り管理を強化してこの場を乗り切ろうとする企業もあろう。この場合も現状を踏まえた今後の方向性を構築することになる。いわゆる前向きの対応にせよ、後ろ向きの対応にせよ方向性を明確にしていくことは必要である。方向性の構築(経営戦略)は、今後の目標値や行動指針等を決めることになるが、当然に期限と目標とすべき数字等が決められる。

 今後の経営の方向性を検討する際、特に廃業の関わりについて述べさせていただきたい。窮境状態を脱して改善に向かう方向性は前向きであるが、場合によっては目標通りに進まない場合も考えられる。重要なのは、この時点でさらに無理を承知で突き進むのか、あるいは退くことも視野に入れて検討するのかである。

 一般的に前に進むのが良い戦略で、退くのは戦略ではなく敗退であると位置づけられている。しかし、ある時点で方向性の意思決定を決断するということは、前進するも後退するも立派な経営戦略の方向づけであると考えるべきである。

 前図で示した通り、経営改善に取り組んだ後の一定時期に、あるいは経営悪化に伴い自社の見直しをはかりたい時など、もう一度立ち止まり現在の経営状態を見つめ直す。その結果、改善に向かって継続していくのか、それとも廃業を検討すべきかを真剣に検討すべきである。廃業に向かう場合でも、早めの判断であるなら「自主的廃業」や経営資源を活かした「M&A」などの方法も考えられる。

 しかし、このまま進めば明らかに業績悪化に陥ることがわかっているのに、無理に突き進むことは破産の道を歩んでいるといえよう。まず一旦退いて、新たに今後の道を検討するのが重要となろう。例えば、今なら負債の整理ができて自主的な廃業が可能と判断できるのに、無理に突き進んで、さらなる負債を増加させ、気がついた時には破産という法的処理に頼らざるを得ないという状態になりかねない。

 金融機関や取引先などに迷惑をかけずに自主的に廃業できれば問題はないが、経営者にとって廃業に直面するような場合は、一生に一度、あるいは全く関わりのない状況で終わる方が多いと思われる。それだけに常に前向きに取り組んできた経営者としては、どうしても避けたいのが本音であり、積極的に対峙しようとする気力が薄れるのは当然である。しかし、経営における退くという意思決定は立派な前向きの考え方であり、経営戦略の一環であると捉えるべきである。

2.正しい廃業は経営戦略の一環だ!

 一般的に経営戦略とは将来の目標を定め、その目標を目指して長期的な道しるべを描くことといえよう。今、経営を取り巻く環境は少子高齢、物価高騰による収入の目減り、そしてコロナ禍やウクライナ紛争などによる影響などで不安定さが増加し、現況の経営を乗り切るのが難しい状況下にある。

 ゼロゼロ融資などでコロナ禍の荒波を乗り越えた企業は多いが、そのツケが今多くの企業に迫っている。一時的には凌げたが、凌ぐのが精一杯で成長への下支えや基盤固めまではできず、むしろそのツケの処理に追われているのが現状ではないだろうか。

 そんな中で自社の経営に対する「棚卸し」や「見直し」の重要性が増してきた。なぜならば、今の経営の実態を踏まえ、将来に対する方向性を見極める必要があるからである。

 すなわち、自社の将来を予想するには現在の状況や実態、そしてここ数年の経営の推移を振り返って現実を見定め、将来を見据える必要性があるからである。

 もし、現在の経営が窮境状態に陥り、将来の見通しを立てることが厳しいと感じるならば、早めに経営の見直しをはかり、場合によっては廃業も視野に入れて検討しなければならない。廃業は必ずしも経営の失敗を意味するのではなく、立派な経営戦略の一環としての意思決定である。ここでいう廃業とは破産に代表される法的処理ではなく、自らの意思による私的整理(単純廃業)である。

 単純廃業を行うには、解散と清算という手続きが必要となり、法人であれば株主総会で解散決議を行い、その後に資産と負債を清算することになる。特に清算段階で債務の整理が難しいという場面に直面した場合が問題である。多くは金融機関からの借入金、税金や社会保険などの滞納、そして取引先への買掛金や未払金の処理である。

 これらの負債を整理できる資産が企業に残っていれば、その処理もスムーズに運ぶことができるが、廃業の意思決定が遅れた場合などは、この処理ができずやむを得ず社長など役員の個人資産を投入(借入)することになる。

 このような処理を行う場合、新たな問題が発生することが多い。それは清算段階で社長などからの借入返済の処理を放棄という形で行うことで、新たなに債務免除益が発生し課税されるからである。また、逆に会社が社長に対し貸付を行っている場合もある。この時も清算段階では全額返済しなければならない。  廃業するまでに余裕となる時間があれば、前述したような状況に対する対応策が事前に考えられる。債務免除益に対しては青色欠損金や期限切れ欠損金の活用、あるいは会社からの社長個人への貸し付けに対しては役員報酬や賞与などによる処理などである。

 必ずしも廃業を前提に対応することではないが、経営改善や企業の建て直し、あるいは事業承継時などにおいて、今一度当社の経営状態を精査し、将来の方向性を定める必要があろう。この時点で廃業も視野に入れる必要が生じたなら、今後の方向性の中に廃業の時期も事前に検討していくことが必要である。

 そして時期を決め、自社の経営状態がある条件に達した時(借入月商倍率、キャッシュフロー、数年に渡る営業損失など)に廃業検討するといった事前の心構えが必要ではないだろうか。したがって、はじめに「廃業ありき」ではなく、経営改善や建て直しを検討する時点で先を見据えた対応策を立てておく必要があるのではないのか。